小林  仁

小林  仁

1936年三重県四日市市に生まれる。

東京藝術大学在学中に安宅賞受賞、ピアノを首席で卒業。第25回日本音楽コンクールピアノ部門第一位特賞。1960年第6回ショパン国際コンクールでファイナリスト、奨励賞受賞。ドイツ、バイエルン州政府給費奨学生としてミュンヘン音楽大学に約3年半留学。

ピアノ演奏活動の業績。多くのリサイタル活動の傍ら40曲以上のピアノコンチェルトもしくはピアノとオーケストラのための作品をN響はじめ、国内外の多数のメジャーオーケストラと共演。海外でもドイツ、オーストリア、スイス、ロシア、バルト3国、ウクライナ、アルメニア等でもリサイタルや室内楽コンサートを行う。室内楽活動として、ピエールフルニエ、ヨゼフスーク、ジャックランスロ、ミシェルシュバルベなど世界第一級の演奏家との共演も多い。現代音楽の初演、再演にも多く関わり、軽井沢の現代音楽祭で演奏したピエールブーレーズの第一ピアノソナタ本邦初演が高く評価されて20世紀音楽研究所賞を受賞。のちに20世紀音楽研究所所員に加わって現代音楽の演奏にも関わる。一方、カンタータ協会を組織してバッハ、ヴィヴァルディ、モンテヴェルディなどの古楽、教会音楽の演奏、指揮活動も行った。

このように多方面な音楽活動のほか、作曲、編曲の分野でも業績を残したが、特に編曲に関しては幼少時から生涯にわたってさまざまの形で関わり続けた。

教育者としては、東京藝術大学、その他の音楽大学で多くの俊才を育てた。門下生からは国内、国際コンクールに多数の優勝者、受賞者を輩出。浩宮殿下(現今上天皇)には約3年にわたりピアノをご進講。日本音楽コンクール、ショパン国際ピアノコンクール、ジュネーヴ国際コンクール、浜松国際ピアノコンクールなどの審査員も務めた。

作品にはピアノ曲集「アルブムブレッター」「音のスケッチ」著書に「ピアノの練習室」「バッハ平均率の研究 」などがある。各種の編曲多数。

2010年ショパン生誕200年記念の年に際し、ポーランド文化に貢献を果たしたとしてポーランド政府よりアルティスグロリア金勲章を授与される。2016年瑞宝中受章を叙勲。

日本ショパン協会会長、()日本ピアノ教育連盟会長、札幌大谷大学藝術学部長などを歴任。現在、東京藝術大学名誉教授、札幌大谷大学名誉教授、洗足学園音楽大学特別教授、昭和音楽大学客員教授。()日本演奏連盟常任理事。

1936年三重県四日市市に生まれる。

東京藝術大学在学中に安宅賞受賞、ピアノを首席で卒業。第25回日本音楽コンクールピアノ部門第一位特賞。1960年第6回ショパン国際コンクールでファイナリスト、奨励賞受賞。ドイツ、バイエルン州政府給費奨学生としてミュンヘン音楽大学に約3年半留学。

ピアノ演奏活動の業績。多くのリサイタル活動の傍ら40曲以上のピアノコンチェルトもしくはピアノとオーケストラのための作品をN響はじめ、国内外の多数のメジャーオーケストラと共演。海外でもドイツ、オーストリア、スイス、ロシア、バルト3国、ウクライナ、アルメニア等でもリサイタルや室内楽コンサートを行う。室内楽活動として、ピエールフルニエ、ヨゼフスーク、ジャックランスロ、ミシェルシュバルベなど世界第一級の演奏家との共演も多い。現代音楽の初演、再演にも多く関わり、軽井沢の現代音楽祭で演奏したピエールブーレーズの第一ピアノソナタ本邦初演が高く評価されて20世紀音楽研究所賞を受賞。のちに20世紀音楽研究所所員に加わって現代音楽の演奏にも関わる。一方、カンタータ協会を組織してバッハ、ヴィヴァルディ、モンテヴェルディなどの古楽、教会音楽の演奏、指揮活動も行った。

このように多方面な音楽活動のほか、作曲、編曲の分野でも業績を残したが、特に編曲に関しては幼少時から生涯にわたってさまざまの形で関わり続けた。

教育者としては、東京藝術大学、その他の音楽大学で多くの俊才を育てた。門下生からは国内、国際コンクールに多数の優勝者、受賞者を輩出。浩宮殿下(現今上天皇)には約3年にわたりピアノをご進講。日本音楽コンクール、ショパン国際ピアノコンクール、ジュネーヴ国際コンクール、浜松国際ピアノコンクールなどの審査員も務めた。

作品にはピアノ曲集「アルブムブレッター」「音のスケッチ」著書に「ピアノの練習室」「バッハ平均率の研究 」などがある。各種の編曲多数。

2010年ショパン生誕200年記念の年に際し、ポーランド文化に貢献を果たしたとしてポーランド政府よりアルティスグロリア金勲章を授与される。2016年瑞宝中受章を叙勲。

日本ショパン協会会長、()日本ピアノ教育連盟会長、札幌大谷大学藝術学部長などを歴任。現在、東京藝術大学名誉教授、札幌大谷大学名誉教授、洗足学園音楽大学特別教授、昭和音楽大学客員教授。()日本演奏連盟常任理事。